小町 -Komachi-

Archive for 9月 2009

今日はカプランについて。

カプランという学校はいろんな事をやっている。世界中にあるらしい。日本にもある。例えば、ESLコース、試験対策、大学。私はアメリカに来てから、ESL(English as a Second Language)のコースとTOEFLのコースをKAPLANニューヨークでとった。KAPLANは他の学校に比べ値段が高いので、多くの生徒たちは、他の学校に転校していった。私の場合、NCLEXのコースがkaplanにあったので、全部セットで申し込んだのだった。。。(その話は又今度)

私の英語力は悲惨な物だったので、下から2番目のクラスからスタート。そこから徐々にテストをパスして上のクラスにあがっていく。受験英語も知らない私は文法の最初から勉強を始め。。。先生たちは、人にもよるがレベルの高い先生が多かった気がする。(これは後にわかった事だが。)それに、建物もきちんと整備されて、なんの不満もなかった。アドバイザーもきちんとしていて、自分のレベルにあったクラスの相談に乗ってくれるし、苦情も聞いてくれた(笑)

徐々に私のクラスはあがっていった。英語も楽しくて、いよいよ、TOEFLのコースに移るという時。このコースは、移るために、ある程度の英語のレベルを要求される。それは、KAPLAN内のテストを受験して一定以上をクリアするというもの。私の場合、事前(渡米前)に toeflのコースに申し込んであったので、そのテストなしで、移る事が出来たのだ。なんとまあラッキー。

が、しかし。そのラッキーは一瞬にして砕かれた。。。

KAPLAN TOEFLに続く。

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私は、看護の仕事につくようになってから、看護師のあるべき場所についてたびたび考える。

人の死に対してや苦悩に対して割り切るべきか、それとも、心の奥深くにまでつれてくるべきか。実際、これをコントロールする事は非常に難しいが。もしも、それをコントロールできた場合それは人としてどうなのだろうか。看護師としてどうなのだろうか。実際、それをある程度コントロールしている私にとてつもない”何か”を感じる。例えば人が死んだ時涙を流す。悲しい気持になる、それとも、その人の気持になる、家族の気持になる事。それは、人間として当たり前の事だけど、それをそのまま自分の心の中に直接いれてしまったら、この仕事を続けていけない。少なくとも私の心にその容量はない。

感情労働という言葉がある。看護の仕事はこれに当てはまるそうだ。もう少しこの言葉を勉強してみようと思う。仕事として(お金をもらって)、病気の人のために何かをする。この仕事は本当に素晴らしい仕事だと思うし、大好きな仕事だ。でも、この悩みは、きっと解決する事がない。

どのポシジョンが正しい看護なのだろうか。もう少し、いろいろ勉強してみよう。



  • なし
  • maki: ライセンス取得おめでとうございます〜! 嬉しいですよねっ。 私も合格したのを知った時は涙が滝のように
  • hachikoro: ありがとうございます。 私のペースでゆっくり気楽にやっていこうと思います!!!! いつもありがとうござ
  • moko: 小町さ〜ん正式に免許取得おめでとうございます!! ウェブサイトに自分の名前を見た時の感動自分も今も覚